自然エネルギー100%の日本はミッション:ポッシブル?
2021年05月06日
「我が国は2050年まで温室効果ガスの排気を全体としてゼロとする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことをここで宣言いたします。」
菅総理大臣が初の所信表明演説で2050年までに脱炭素社会の実現を宣言して3週間が経ちました。この宣言を受け、全国の自治体や企業などは脱炭素に向けて本格的に動き出すのではないかと予想されます。2015年に採択されたパリ協定を経て、欧米諸国を中心に、クリーンエネルギーや電気自動車への移行を実現するための具体的な目標が示されてきましたが、日本はずっと様子見というスタンスを取っていたように見えます。そういう意味では、今回菅首相が国の目標と方針を発表されたことは、日本にとって大きな一歩になったのではないでしょうか。
しかし、電源構成の75%を未だに火力に頼っている日本は果たしてこの大胆な目標を達成することはできるのでしょうか?クリーンで自然エネルギー100%の日本は、果たしてミッション:インポッシブルなのではないだろうか?という疑問が脳裏をよぎる。
一方で、自然エネルギー100%の世界を作ろうとしている会社が日本で存在しています。自然電力グループは自然エネルギー100%の世界を実現するために発電事業から、電力の販売まで幅広いサービスを提供しています。
今回はご縁があり、自然電力のメンバーに、現在自然電力グループが取り組んでいること、そもそもなぜこの会社が立ち上がったのか、現在直面している課題、そしてその課題解決の糸口について、Zoomにて簡単なインタビューで色々ご質問させていただきました。今回は共同代表とは旧友でもあるブランディング&コミュニケーション部のMitzさんと、創業初期から自然電力で働いてきたエナジーデザイン部のRikoさんにお話を伺いました。
創業の経緯と想い
自然電力は磯野謙さん、川戸健司さんと長谷川雅也さんの3人が2011年6月に共同で立ち上げた会社ですが、それまでは3人とも同じ風力会社に勤めていました。環境問題にずっと関心があり、環境に優しい自然エネルギーの仕事をしていたのですが、そんな最中、2011年3月11日に東日本大震災が起きました。日本における観測史上最大の地震とそれに続いた津波によって東北の沿岸地域では甚大な被害を受け、その後に続いた福島第一原子力発電所の事故も世界を驚愕させました。福島の原発事故をニュースで見ていた3人は、悲しくなりました。原発事故によって家だけでなく故郷が失われてしまった人々がいること、地域に豊かさをもたらし、自分たちにとっては素晴らしい遊び場でもある海が汚染されてしまったこと、そして何よりこの大きな事故を引き起こしたことに対して責任を取る人がいなかったこと・・
そうした思いから3人の共同代表は自然電力という会社を創業し、日本のエネルギー問題に真正面から取り組むことを決意しました。日本における自然エネルギーの割合はわずか10%程度(大型の水力発電は除く)で、ほかの先進国と比べて非常に低いです。自然電力としては、誰もがどこにいても平等にアクセスできる、クリーンな自然由来のエネルギーに特化することにしました。
理想と現実の間に立ちはだかる3つの壁
「御社が掲げている自然エネルギー100%の世界・日本は現実的な目標でしょうか?」と、最初に直球で質問してみました。
「実現可能な目標だと私たちは信じている」とMitzさんが答え、少し間を空けてから「しかし、時間はかかります」と続けました。
国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP)でしばしば「石炭中毒」(Coal addict)と呼ばれ揶揄される日本は本当に石炭から脱却し、再生可能・自然エネルギーに切り替わり、ましてや自然エネルギー100%なんて実現することは本当に可能なのか半信半疑でしたが、Mitzさんの説明を聞いていくと、納得する気持ちが徐々に入り混ざりました。
「日本が消費するエネルギー容量を生産するためには少なくとも数万基の風車が必要です。」
数万基の風車がどれくらいの面積を占めるか、どれくらいの規模なのか全く想像がつきませんが、相当な量が必要ということはイメージできました。
さらに調べていくと、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)が2020年6月に出した「ネット・ゼロという世界」という研究レポートによると、以下の通り、日本において導入可能な再生可能エネルギーは、日本が実際に消費しているエネルギー量を上回ることがわかりました。
「日本の2015年の最終エネルギー消費量はおよそ3,750TWhである。一方で、住宅太陽光、非住宅太陽光、陸上風力、洋上風力、地熱、バイオマス、中小水力からなる再生可能エネルギーの導入ポテンシャルは、4,800TWhである。」(IGES 2020, pg 57)
しかし、導入ポテンシャルはあっても、コスト、現場の立地、または送配電網の制約など様々な現実的な課題が残ります。大きく分けて「政策」「技術・コスト」「コミュニケーション」の3つがあると考えられます。
第一に、政策とは国家レベルにおける意思決定により、大きな枠組みまたは目標を設定するということです。ヨーロッパでは、2019年12月に欧州グリーン・ディールという2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げる行動計画が採択されています。それを受けて、各国または各自治体、企業がさらに具体的な案を出して実施するでしょう。日本も冒頭に書いた通り、2050年までに脱炭素社会の実現を宣言されたということで、これから具体的な目標数値などが発表され、動き出すでしょう。
第二に、技術的な制限やコストで言うと、太陽光や風力などの自然エネルギーは天候に左右されることがあるので、生産されたエネルギーを蓄電する技術が普及の鍵となると言われています。実際、太陽光による発電コストは世界で見た時、2010年から2018年の間に4分の1ほどに低下しています。しかし、日本の場合、インバーターコストや設置の人件費は依然として高いという特徴があります。
最後に、現場におけるコミュニケーション、または消費者とのコミュニケーションという課題が挙げられます。言い換えれば、理屈ではなくいかに感情的且つ正確に伝えるのか、ということです。
「もしあなたの家の近所に風車を建てると言われたら、あなたはどう思いますか?」とMitzさんが私たちに質問を振ってきました。
広い土地にて大規模な工事が行われ、騒音が増え、景観破壊により環境の質が損なわれる。風車と鳥との衝突事故が多発するかもしれない・・様々なデメリットが頭をよぎります。確かに、風車を建てることや、メガソーラーファームを作ることは、常に「他人事」のように考えがちですが、いざ自分がその立場に立ったら、確かに嫌な感情を抱く人がいてもおかしくない。
そのために、人と人との関係性を大切にしながら、自然エネルギーが100点満点ではないことも含めて、それでもなぜ自然エネルギーを広めていきたいのか、何度も何度もコミュニケーションを図ることが重要だということがわかりました。
理想と現実の間に立ちはだかる3つの壁がわかったところで、自然電力が実際に取り組んでいる事業を見てみましょう。
電気をつくるところから電気を提供するまで、幅広いビジネスを展開しています。自然エネルギー発電所をつくるための開発から建設、運営・管理といったすべての工程を手掛け、自然エネルギー発電所からの電気を活用し、家庭や企業などに電力提供するサービスもあります。電源種も太陽光発電、風力発電、小水力発電、バイオマスと多様で、太陽光発電事業では、ゴルフ場の跡地を活かしたメガソーラーの建設や、農地との共存型のソーラーシェアリングなどにも取り組んでいます。
3人の共同代表がこの会社を立ち上げた経緯を鑑みてみると、上記に書いた3つの壁のうち、3つ目の「コミュニケーション」が自然電力の強みなのかなと、勝手に解釈しました。
エネルギー生産が中央集権型から独立分散型へとシフトするトランジションにおいて自然電力の取り組みはとても重要な役割を果たしていると感じました。大きな発電所で電気を作って送配電するのではなく、各地で小規模でクリーンなエネルギーを生産し、自分または地域の中で回すと言う新たな形に変わりつつあると。
実際、分散型発電のメリットとして、大規模の送電設備だけに頼るのではないためレジリエンスが上がります。自家消費モデルであれば送電によるエネルギーロスも防ぐことができます。さらに、災害による広域停電の心配も少ない。毎年のようにやってくる台風や豪雨は、毎回大規模停電が発生し、電力会社が送電設備の修理を完了させるまでは多くの地域が停電するようなことが起きています。分散型発電が普及すれば、大規模の送電網が機能しなくなった場合も必要最低限の電気を自給自足することが可能になります。
今年の6月に自然電力は「ミニマムグリッド」というサービスをリリースしました。太陽光パネル・蓄電池・最適制御システムを組み合わせたもので、1件目として宮崎県都城市の福祉施設に設備導入されています。
「よく晴れた日には電気を自給自足し、火力・原子力などの大規模な発電所や送電線に頼る時間を減らし(ミニマムにし)ます。平常時では、電気代が高い時間帯や電力使用量が多い時間帯に積極的に蓄電池の電気を利用し(ピークカット)、より安く電気を利用できるほか、停電時にはエネルギー拠点として独立して電気を供給いたします。施設単体の防災対応力を高めるだけでなく、地域コミュニティにおける防災用のエネルギー拠点としての活用が見込まれます。」
この記事で書かせていただいた自然エネルギーの課題である「蓄電」を解消し、さらに分散型発電という形をとることによって災害時の非常用電源にもなりうる、この「ミニマムグリッド」は自然エネルギー100%の世界を実現するための、パズルの重要なピースだと考えています。表現は異なるかもしれませんが、この「ミニマムグリッド」が普及すれば、日本も自然エネルギー100%という目標に近づくのではないでしょうか? その日が来るのを首を長くしてお待ちしております。
執筆:デニス・チア(ユアスタンド株式会社)